◎アナログ・レコードの人気再燃?
この秋に人気ミュージシャン、テイラー・スウィフトが音楽のストリーミング配信サービスSpotifyから全曲削除することを発表して話題になりました。また、レディオヘッドのトム・ヨークはかねてSpotifyを批判し続けています。Spotifyのようなストリーミングをはじめ、ダウンロード、CD、ファイル共有など、音楽の聴き方や売り方が議論され続けている中、アナログ・レコードの人気が再燃しているともいいます。アメリカでは、2005年から2013年までの8年間で、アナログ・レコードの販売数が6倍以上に増えたそうです(「レコードが絶滅の危機から復活。売上が8年間で6倍以上に」The Huffington Post 2014年11月21日 )。
◎パッケージ派、日本
一方、音楽ダウンロードのシェアは約1割で、85%がCDで音楽を購入するというパッケージ派の日本(2013年、日本レコード協会調査より)、アナログ・レコード派も少なくありません。数年前に惜しまれつつ閉店した渋谷HMVは、今年の夏にアナログ・レコードとCDの中古専門店HMV record shop渋谷として生まれかわりました。
とりわけ日本でCDの販売が盛んである理由に、収集(コレクション)文化があるとか、日本の音楽業界は保主的だとか、色々言われています。しかし、私自身はもっと根本的な理由があるのではないかと考えています。そこで今回は、「音楽の色とかたち」という切り口で、日本人の奥底に秘められた音楽の享受のしかたを考えてみようと思います。
◎音と色
「音色」ということばは、音楽と色彩の強い結びつきを暗示しています。実際、古来日本で奏でられてきた雅楽には、旋律ごとに季節や森羅万象の他、象徴する色が重ね合わされています。ヤマトコトバで音色の音(ネ)とは、あらゆる生物・無生物が発した音声で、聞く側の心を動かす情緒的なものをあらわし、単純に物理的な音声を指す音(オト)ということばと区別します。色(イロ)は、心惹かれる美しい彩色や容色、さらに気配、兆し、風情、情趣などの感覚までを広く含みあらわします。
◎「かたち」を重んじる精神
日本人は、心動かす「音色」を祭や舞台などの空間で味わい、共有してきましたが、レコードやCDなどの「かたち」になったことの意味は、実はとても大きいと思います。
ヤマトコトバの「かたち」の意味を紐解くと、カタは型で、一定のものをつくる枠のことを指します。チは霊力、生命力など、内にある活力のことをいいます。命(イノチ)の「チ」や力(チカラ)の「チ」と同じです。例えば生きている人の体や顔や物腰、神や仏の姿の他、エネルギーの満ちる豊かな土地のことなども「カタチ」と呼びました。しかし後に、「チ」の意味が薄れていき、「カタ」との区別がなくなったといいます。「かたち」は漢字で「形魂」と書く、と聞いたことがありますが、ヤマトコトバの本来の意味を捉えた当て方だと思います。私は、音(オト)が音(ネ)になり、音色、そして音楽になった瞬間に音霊(おとだま)が宿り、人はそこに「かたち」を見るのではないかと思います。音は流れて目には見えないけれど、色とかたちが確かにある。これは考えたりしなくても、直感的に感じるものなのではないでしょうか。
もしかすると、日本人にとってCDであることやレコードであること自体が問題なのではなく、デジタルメディアでもライブでもなんでもいい、音楽がちゃんと「かたち」であるかどうか。それぞれの音楽にふさわしい「かたち」こそが求められているのではないでしょうか。そう考えると、いわゆる「おまけ」付きCDの人気や、かつてある世代で流行したカセットテープの交換やプレゼントにも納得できるものがあります。
◎音楽の「かたち」色々
ライブイベントが盛り上がるこの頃ですが、カフェやギャラリーなどで楽しむユニークな音楽イベントもあちらこちらで開かれ、音楽の「かたち」も色々です。ちなみに最近興味深いと思ったのは、旅行会社JTBが音楽レーベル「JTB MUSIC」を設立したことです。音楽で観光振興や地域振興を推進するというのが主旨のようですが、旅と音楽を切り口にすることで、新しい音楽の色とかたち、そして空間が生まれそうです。
「音色」や「かたち」という意味深長なことばを背景に音楽文化を積み重ねてきた日本人の音魂(スピリット)は、きっとこれからもユニークな音楽シーンをつくりあげていくはずだと思います。
[写真]
◎「パルナッソスへ」パウル・クレー Ad Parnassum, Paul Klee
出典:ウィキメディア・コモンズ
パルナッソスとは、古代ギリシャで音楽を含むあらゆる芸術の神アポロンとミューズに捧げられた、聖なる山です。色彩、線、かたちを眺めていると次々にリズムやハーモニー、響きなどがあらわれて、限りなく続くメロディーの豊かな海を泳いでいるかのようです。この絵を描いたパウル・クレーは、音楽のもつ無限の豊かさを色とかたちにしました。
[参考]
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言葉と音楽のあいだに秘められた甘美な時を求めて、プルーストの世界を覗きます。
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