2014年5月14日水曜日

沈黙の音楽

 

静かな場所で集中したい、とか、誰にも邪魔されずに静寂な時を過ごしたい、と思うことは誰にでもあるでしょう。でも実際のところ、そんな場所はそう手に入るものではありません。早朝でも深夜でもざわめきはどこかに必ずありますし、「静寂であるべし」と強く念じれば念じるほど、かすかな物音やささやきはかえって増幅されます。


◎京都老舗名曲喫茶の「静寂」
京都出町柳に、老舗の名曲喫茶で「柳月堂」というところがあります。このお店は「静寂」を極限まで追求しています。私語厳禁はもちろんのこと、ペーパーおしぼりの袋を開く音をペリペリたてるのはもってのほか!なんと、ペーパーおしぼりの袋はハサミで静かにカットしなければなりません(お店の方がおしぼりと一緒にハサミを持ってきてくれます)。コーヒーカップを上げ下げするときやスプーンでのかき混ぜ時は細心の注意を払い、お手洗いに行くときも忍び足・・。ここまでやれば本当に「静寂」が実現できるかというと・・個人的には思いの外そうでもないなあ、と感じます。背後でかすかに動く人のわずかな衣ずれの音や、誰かがお店に入ってきた気配など、なにやら些細な事が気になって仕方がありません。たぶん、本当に静かな店内が実現されているはずなのですが・・。ともあれ、私は実家のある京都に帰省すると、よくお店を訪ねてお気に入りの曲をリクエストします。


◎「静寂」の音楽
静寂を感じる方法について考えていたら、ふと思い出した音楽があります。「沈黙の音楽」という曲です。スペイン、カタルーニャの作曲家フェデリコ・モンポウのこの曲は、とても短い28の曲からなる静かな音楽。オリジナルのタイトルは「Música callada」で、16世紀の詩人サン・フアン・デ・ラ・クルスの詩の一節からつけられたそうです。

 

静かな夜の
明け方に
沈黙の音楽
響く孤独
安らぎと愛の糧

la noche sosegada
en par de los levantes del aurora,
la música callada,
la soledad sonora,
la cena que recrea y enamora.

「霊の讃歌」サン・フアン・デ・ラ・クルス
“Cantico Espitual” by San Juan de la Cruz

 

 

モンポウは20世紀に活躍したカタルーニャの作曲家なのですが、この曲には「民族性」や「時代性」といったものは感じられません。タイムレスな音色が、まるで鐘のように響きます。

というのも、モンポウの母方の祖父は鋳造工場を経営しており、パリのノートルダム大聖堂やモンマルトルの教会に鐘を納品するほど由緒あるメーカーだったのだそうです。また、祖父の工場は音楽的音色を保証する唯一のメーカー。この祖父を慕ってよく一緒に過ごし、度々工場を訪れ、独特の雰囲気に浸ることを好んでいました。薄暗い中で火花を散らす機械、鋳型や模型を眺め、金属が共鳴する音を何時間でも聞いていたそうです。

そんなモンポウは、旋律よりもまず先に、響きをつくることに専念したといいます。鋳造工場にこもり、様々な鐘の音、その響きにある全ての音の研究に勤しみました。

 

CathedraleNotreDameDeParis

 

ヨーロッパの人たちが聴くと、モンポウの「沈黙の音楽」はまるで聖堂の鐘の音色のようかもしれません。でも、日本で生まれ育った私には、音の重なりに身を任せるうちに、いつのまにかお寺の梵鐘の響きのように聴こえてくるから不思議です。物語もなく、理屈もない、静かな音の響き。そういえば梵鐘って、このうえなく「静寂」を感じる音ではないでしょうか。

少なくとも「静寂」=無音、ではなさそうです。

 


[おすすめのアルバム]

 ◎フェデリコ・モンポウ:ピアノ曲全集
  作曲家本人による演奏です。全集なので、他のピアノ曲も色々楽しめます。

 

[引用・参考記事]

 ◎モンポウの生い立ち、音楽づくりの背景に関する部分
  福島睦美の地中海サロン 

 ◎サン・フアン・デ・ラ・クルスの詩の一節
  高橋悠治:沈黙の音楽(CD) のリーフレット

 

[写真]

 パリ ノートルダム大聖堂の新しい鐘(2013年2月)
 出典:ウィキメディア・コモンズ

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