2014年4月1日火曜日

おもてなし 語源と、奥深くにある意味

オリンピック2020の招致で東京が行ったプレゼンテーションをきっかけに、「おもてなし omotenashi」ということばは一躍注目を集めました。

インターネット上で様子を見ると、「おもてなし」の語源や意味を調べている人たちが数多くいるようで、解説されているページがいくつもありました。それらをまとめると、おおよそ以下のような説明になっていました。

・「もてなし」の語源は「モノを持って成し遂げる」
・「おもてなし」のもう一つの語源は「表裏なし」
・「おもてなし」は「もてなし」に丁寧語「お」を付けた言葉
・「もてなす」は「扱う」ことを強調する場合に使う言葉

しかし私は、「語源」という観点では、残念ながらいづれも誤りと説明不足ではないかと感じました。

 

◎平安時代にさかのぼる「おもてなし」

「もてなし」(名詞)「もてなす」(動詞)は、古く平安時代には使われていました。
根源的には「もて」(接頭語)と「なす」(動詞)という語から成り立っています。

「もて」には二つの意味があります。一つは「手で持って・・する」「手を用いて・・する」。もう一つは「意識して・・する」「心で大切にして・・する」。何となく行うことではなく、意識的、意図的、また心ひかれて、あるいは故意になど、主体がそれと意識して行為することを表します。「もてなす」の場合は、後者の意味を付加するものとして「もて」が使われています。

「なす」は漢字で書くと「為す」「成す」「生す」。人為的に力を加え、積極的に働きかけることによって、これまでになかったものを存在させることを意味します。また、すでに存在しているものに働きかけ、これまでとは別のものに変化させる意味を示すときにも使われてきました。

「もて」と「なす」を一つにまとめると、「意識的に何かを行い、ある状況をつくり出す」ことです。平安時代に実際に使われた意味として、七つの例が挙げられます。

 1. 相手に対する評価や好き嫌いの感情をもとに、何らかの意図をもって相手を扱う
 2. 子供、若い女性を大切なものとして世話をする
 3. 男が女を妻として正式に迎えたり、扱う
 4. 権力者や心を寄せる相手に対して、相手が良くなるように意図的に計らい、助けたり引き立てたり、よくする
 5. 接待する。相手を大切に扱い、世話をする
 6. 取り立てて問題にする、評判にする
 7. 相手に対してではなく自分自身について、何らかの意図をもって振る舞う。意識した気配や物腰をあわらす。意図的にある様子に見せかける、偽る。外部、世間の存在を意識して、自分の行為をそのときの目的に合わせること

また、名詞の「もてなし」には、五つの用例が挙げられます。

 1. 意図して計らうこと
 2. 意志的に行う待遇
 3. 大切なものとして世話をすること
 4. ものの使いぶり。使い手の人柄を反映するものと捉えられ、心ある上手な用い方のこと
 5. 人柄、人格が反映される態度や身のこなし、振る舞いやものごし

現代語では、もっぱら動詞の5.と名詞の3.の意味で用いられています。

インターネット上に流布している誤解や中途半端な説明不足の発信源がどこにあるかは分からないのですが、察するに茶道の知識の聞きかじりや英語のhospitalityの意味、サービス業などにおける色々の解釈などが入り混じるうちに、あのような説明になったのではないかと思います。


◎いまと、未来の「おもてなし」

私は名詞の4.と5.にある、受け取る側の見たり感じたりする「もてなし」という意味の方に興味を持ちました。現代語の辞書にこそありませんが、日常で「おもてなしの心」といった話が出る時、私たちには常に「もてなしを受ける側」を思い遣る志向があり、この意味が強く意識されているのではないでしょうか。つまり、結果的に相手が「おもてなし」を感じてくれることこそが重要なのだ、という意識です。例えば、家に招くお客様は我が家をどう感じてくれるか、2020年に日本に来てくれる諸外国の人たちは我が国をどう感じてくれるか――。

そう考えると、大切な客人に「おもてなし」することを目標にするのであれば、まずは相手の立場を思いやりながら自らの行いに注意を向けることが出発点になりそうです。動詞用例の7.みたいに「見せかける」「偽る」ことは、そのうち後悔につながることでしょう。

 

ちなみに平安時代、容姿以外に重要な要素とされた人の判断基準が三つあります。それは、「心ざま」「もてなし」「言の葉」です。「心ざま」は気だてのこと、「言の葉」は声によって発する表現や歌ことば、文字、文面、心のこもった言語表現などを示します。気だてよし、物腰よし、声よし、文字美し・・この点については今も昔も、あまり大きな変わりはないのですね。

 


[参考書]

「古典基礎語辞典」大野晋編 角川学芸出版
 用例が豊富で、古の生きたやまとことばに手軽に触れることができる辞典です

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