春に雨が降るとかならず開くのが、「雨の名前」という本です。
気まぐれにページをめくると、「杏花雨」「草の雨」など、心惹かれる「名前」がつぎつぎに見つかります。一見すると雨の名前ではなさそうですが、「万物生」(ばんぶつしょう)とは春の雨のこと。生きものに新たな生命力を与えてくれる、天からの贈りものをイメージさせる力強いことばです。
私たちも口にすることば “春雨”(はるさめ)は、万葉集以来、古典から現代に至るまで春の雨の代表格なのだそうです。
万葉集をめくると、「春雨」の出てくる歌がいくつも見つかりました。
我が背子に 恋ひてすべなみ 春雨の 降るわき知らず 出でて来しかも
作者未詳 万葉集 巻十
「貴方が恋しくてしかたがなくて、春雨の降っているのもわからずに出てきてしまったのです」
現代の春雨の歌というわけではありませんが、名コピーライター・土屋耕一氏の、春の雨にまつわる素敵なコピーがあります。
“春は、三日に一度、雨が降ります”
レインコートの広告のために、気象の数字などを調べてつくられたという淡々としたコピーなのですが、私はこのコピーの余白に、いにしえの「春の雨」の気分を感じて、ほんのりと温かな心持ちになります。
こんなぬくもりのある雨を眺めていると、「春雨じゃ濡れて行こう」と気取って、わざわざ雨の中を散歩するのも悪くない気分です。
昨日は春の土用入り。やわらかな雨を重ねながら、もうすぐ夏がやってきます。
[参考書]
「紀州本万葉集 巻第10」後藤安報恩会 *近代デジタルライブラリーで閲覧可能
0 件のコメント:
コメントを投稿